残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき反論、答弁書のポイント

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

近年残業代にかかる時効について法改正があったこともあり、残業代請求をされる会社が増加傾向にあり、その際は、労働審判という手続きが選択されることも多いです。
実際に、残業代請求の労働審判を申し立てられた場合、会社としては、どのように対応をすればよいでしょうか。

本コラムでは、反論のポイントについて解説いたします。

目次

残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき反論とは?

まず、残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき反論について解説していきます。

①そもそも労働者にあたらない

業務委託契約や請負契約を締結している場合など、そもそも残業代を請求してきている者が法的に労働者ではないという事案においては、労働者ではないという主張をすることが考えられます。

②労使で労働時間の認識に差がある

労働者が主張する労働時間が、会社の把握している労働時間と比較して長い場合、会社としては、実際の労働時間がどうであったのかについて主張及び立証をする必要があります。

③残業代の計算方法に誤りがある

残業代の計算方法は、複雑であり、労働者側の主張する計算方法が誤って労働者側に有利になり過ぎるような場合には、その点を指摘する必要があります。
例えば、割増賃金の算定基礎から除外されるべき賃金が、除外されていないような場合には、そのままにすると最終的な残業代の金額に大きな差が生じるため、反論をする必要があるでしょう。

残業代の計算方法と割増賃金の算定から除外される賃金については、以下の各リンクで解説していますので、あわせてご覧ください。

④残業代の支払いが不要なケースである

管理監督者性が認められる労働者からの残業代請求がなされた場合など、そもそも残業代の支払が不要なケースも考えられます。

管理監督者性を判断する要素とは?

裁判例においては、以下の観点を考慮して、管理監督者性が判断されており、管理監督者性が肯定される労働者の範囲はかなり狭いものであると考えられています。

  • ①その職務や責任からみた労務管理上の使用者との一体性(職責要件)
  • ②その勤務態様として自らの勤務時間を自主的・裁量的に決定していること(時間管理要件)
  • ③賃金、手当等の面でその地位にふさわしい待遇を受けていること(待遇要件)

管理監督者性の判断要素については以下のリンクで詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。

⑤固定残業代として支払い済みである

固定残業代制度を採用している場合においては、既に残業代を支払っているとの反論も有効です。

ただし、会社が固定残業代制を採用しているつもりであったところ、制度設計や運用が誤っており、法的には残業代が支払われていないと判断されるケースが後を絶ちません。
固定残業代制を採用している会社は、自社の制度に問題がないか一度弁護士に相談することをお勧めいたします。

⑥残業を許可制または禁止していた

残業自体を禁止していたり、残業の許可制を採用しており、かつ、許可をしていなかったにもかかわらず残業がなされていたりするケースでは、残業代を支払う必要がないという反論をすることも考えられます。
この点、許可制については、黙示の残業の許可をしてしまっていないかが問題となるため、残業をしている従業員を黙認しないことが重要です。

みなし残業制(固定残業制)については、以下のリンクでも解説していますので、あわせてご覧ください。

⑦既に時効が完成している

残業は、いつまでも請求することができるわけではなく、消滅時効が存在します。
労働者側が時効により消滅した期間も含めて残業代の請求をしてきた場合には、時効の援用をすることで反論をする必要があります。

労働審判(残業代)の答弁書を作成するうえでのポイント

次項より、労働審判(残業代)の答弁書を作成するうえでのポイントを解説していきます。

労働時間の把握義務に対する反論

労働基準法においては、使用者が、労働者の労働時間を適正に把握し、労働時間を適切に監理する義務を負っています。
この点、労働者から指摘されることがありますが、これに対しては、義務違反の問題と残業代の請求は別問題であるため、義務違反の点は改善しつつ、残業代の請求が法的に認められるべきものかどうかについては別途反論をすることになるでしょう。

付加金請求・遅延損害金に対する反論

使用者が、残業代を支払わない場合には、訴訟に移行して、悪質なケースでは、裁判所から未払額と同一額の付加金の支払いを課されることがあります(労働基準法114条)。
このようなことにならないように、判決ではなく、和解で解決するか、裁判が確定するまでに支払いをすることが重要となります。

反論を裏付ける証拠として有効なものとは?

一番有用なものとしては、タイムカードやPCのログ、残業の許可制を採用している会社において、上司から当該労働者に対し、許可なく残業をしていることについて注意をしている内容のメールを証拠として提出することなどが考えられます。

他にも事案に応じて様々な証拠が考えられるため、実際に労働審判を申し立てられた場合には、専門家である弁護士に相談したほうがよいと考えられます。

残業代の未払い請求に関する裁判例

事件の概要

保険調剤薬局の運営を主たる業務とする株式会社(以下「被告」といいます。)において、薬剤師として勤務した原告が、未払の残業代があるとして訴訟を提起したという事案です。

主な争点は、会社が時間外労働の対価として支払っているつもりであった手当(以下「本件手当」といいます。)が時間外労働の対価として支払われていたと法的に判断されるかどうかです。

この点、最高裁判所の前審である高等裁判所は、時間外労働の対価として支払われていると判断されるものは、労働者が定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその請求を直ちにすることができるような仕組みが整備されており、かつ、労働者の福祉を損なうような出来事の温床となる要因がない場合に限られると厳格に解釈し、本件手当は、時間外労働の対価としての性質は有さないと判断しました。

裁判所の判断

これに対し、最高裁判所は、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと認められるか否かは、雇用契約書等の記載内容のほか、具体的な個別事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明した内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるとして、高等裁判所の判断するような事情が認められることは必須のものではないと広く解釈しました。【日本ケミカル事件(H30.7.19最一小判)】

ポイント・解説

最高裁判所は、労働基準法37条の趣旨は、同条に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるに留まり、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体がこれに反するわけではないと解釈しました。

そして、本件手当については、契約書、採用条件確認書及び賃金規定において、本件手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたこと並びに本件手当の金額が時間外労働時間の実態と近い金額になっていたことに鑑みると、本件手当は時間外労働の対価としての性質を有すると解釈しました。

定額残業代制を設ける際には、この判断を考慮に入れ、後に残業代としての性質を否定されないような制度設計をすることが重要になるでしょう。

残業代を請求されてお困りなら、労働審判対応を得意とする弁護士にご相談下さい

従業員から残業代を請求された場合、対応を誤ると、労働審判等の手続きの対応が必要になってきます。
残業代を請求された場合には、一度、弁護士に相談することをお勧めします。

残業代や労働審判に関するQ&A

答弁書を提出しないと労働審判では不利になりますか?

答弁書を提出しなければ、自身の主張が労働審判委員会に伝わらないまま手続きが進行することになるため、不利になると考えられます。

労働審判の答弁書に提出期限はありますか?

基本的に、答弁書の提出期限は設けられます。
労働審判規則第14条において、答弁書の提出期限については、第一回期日までに準備をするのに必要な期間をおいた期限を労働審判官が定めるものと規定しています。また、同規則第16条第1項においては、「相手方は、第14条第1項の期限までに・・・、答弁書を提出しなければならない。」と定めています。
そのため、通常は、第一回期日の10日から一週間前に答弁書の提出期限を定められることが多いです。

残業代の計算方法が正しいことを証明するにはどのような証拠が必要ですか?

タイムカードを用いることが一般的です。

タイムカードがないと残業代請求の労働審判では勝てませんか?

そのようなことはありません。
事案により、主張立証の方法は種々ありますが、タイムカードがない場合には、労働者側も残業時間の立証をすることが困難であり、会社側としては、労働者側の主張を支える証拠の信用性を弾劾したり、反対証拠を提出することが考えられます。

パソコンのログイン記録は、従業員の労働時間を証明する証拠になりますか?

有力な証拠にはなります。他方で、労働時間とパソコンのログイン記録が必ずしも一致するわけではない点に留意が必要です。

従業員が勝手に残業していたことを主張するにはどうしたらいいですか?

就業規則において残業の許可制度が取られていたこと、許可なく残業をしている従業員に対し上司が注意している内容のメール等を証拠として提出すること等が考えられます。
このような証拠がない場合、黙示に残業を許可していたと判断される可能性があるため、注意が必要です。

事業場外みなし労働時間制を適用していた場合、残業代請求に応じる必要はありますか?

事業場外みなし労働時間制を適用しているつもりが、同制度の設計又は運用が誤っていることにより、実際には適用ができていないということがよくあります。
事業場外みなし労働時間制を適用している場合であっても、残業代請求がなされた場合には、一度弁護士に相談をすることをお勧めいたします。

事業場外みなし労働時間制については、以下のリンクでも解説していますので、あわせてご覧ください。

残業代請求の労働審判では和解による解決も可能ですか?

和解による解決も可能ですし、和解による解決をすることが一般的です。

請負契約をしていた相手方から残業代を請求されたのですが、会社に支払い義務はありますか?

請負契約の場合は、原則として、残業代の支払義務を負うことはありません。
ただし、会社が請負契約を締結しているつもりであったとしても、実質を踏まえると、請負契約ではないという偽装請負の問題があり得ます。
したがって、請負契約を締結している相手方が、残業代の請求をしてきた場合には、一度弁護士に相談をすることをお勧めいたします。

従業員の仮眠時間や手待ち時間についても、残業代を支払う必要はありますか?

仮眠時間や手持ち時間について、労働からの解放が無い場合には、休憩時間とは異なる労働時間であると判断される可能性があるため、留意が必要です。実態に即した主張をする必要があるでしょう。

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執筆弁護士

弁護士 アイヴァソン マグナス一樹
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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